【メニエール病に対する治療】 東 洋史 先生

  • by

〈症例〉
39歳 女性 外資系銀行員 既婚 子供無し

〈主訴〉
メニエール

◆来院初日(2017年10月14日)

〈発症から来院までの経過〉
・10月4日、スペインのミネラルウォーターを飲み、激しい下痢をした。
・その後、仕事が忙しくなり、遅くまで残業するなどかなり根を詰めていた。10月11日、眩暈・右耳鳴・右耳閉塞感が激しくなり、2日後に通院。『メニエール』と診断された。
・普段から、眩暈と右耳の閉塞感を発症しやすい。今回は症状が激しく、日常生活に支障をきたすほどになった。
・処方薬を服用して、多少の改善は見られるものの、来院時はまだかなりツラい様子だった。

〈その他の症状〉
右頚肩こり・咽頭痛

〈四診〉
舌暗紅絳・辺瘀点・舌下絡脈の怒張・苔薄白(かなり薄い)・脈弦細渋
経遅・量少

〈弁証過程〉
『メニエール』の原因である内リンパ水腫を中医学的に『痰飲』と捉え、10月4日にミネラルウォーターを飲んだことによる脾への影響と、その後のストレスによる肝鬱気滞・脾失健運による生痰を初めに疑った。しかし、食欲や便通には異常がなく、倦怠感もない。
また、普段から月末月初は仕事がかなりハードであり、たまに眩暈や耳鳴りを訴えるので、単に肝陽上亢との診断もしにくい。
そこで、耳を主る腎の失調を疑い問診を進めると、普段は頻尿であるが、メニエール発症後は尿が出にくくなっていることが判明。尿の色は、いつもより黄色っぽい。

〈弁証〉
肝腎陰虚による肝陽上亢
今回の症状の引き金は、過度のストレスが腎陰に影響を及ぼしたことによる。
この患者は、普段から眩暈を訴えることが多く、特に春は多発する。
そのため、長期のストレスによる肝鬱及び肝の陰血不足がベースにあると考えられる。
最近の緊張感の高まりにより肝の陰血がさらに損なわれ、肝陽上亢となり眩暈が現われた。
また、肝腎同源の理論から腎陰も不足しがちであり、今回のハードワークで腎陰がさらに損なわれ、耳が滋潤されず耳鳴・耳閉塞感が強く現れた。
咽頭痛は、腎陰不足により咽喉部を通過する少陰腎経の滋潤が不足し、咽喉部が乾燥・熱化したことによる。

〈治療方針〉
・補腎利水
今回の症状は、腎陰が損なわれたことが引き金になっているため、補腎を優先的に行うこととした。

〈治療穴〉
1.仰臥位(置鍼30分)
・大腿腎穴
・泌尿器系の腎四針
(中渚、肝関、内関、三陰交:腎機能を調整し、小便異常を改善する。中渚・肝関で、肝の調整も同時に行い眩暈を鎮める)
・陽陵泉(筋会:右首肩こりの解消。及び、肝経と表裏関係にある胆経の合穴の作用で肝陽を下降させる)
・尺沢(肺の合水穴:腎の母である肺を潤し、腎陰を補う)
・列缺、豊隆(ストレスによる脾への影響を考慮して、去痰を行う)

抜針後、眩暈は解消。耳鳴と耳の閉塞感は来院時の2割ほどに軽減した。
残った2割の症状は、根を詰めて仕事をしたことにより頚部の筋肉が硬くなり、気血の流れを阻害しているためと判断。
「右頚部の通経達絡」を治療方針に加え、伏臥位の治療に移る。
(この時点で咽頭痛も解消)

2.伏臥位(置鍼30分)
・風池、完骨(頚部筋肉の緊張緩和、耳の閉塞感の解消)
・右頚部の阿是穴(右耳奥に響く部位を探して刺鍼)
・腎兪・志室(腎機能の改善。ともに圧痛点であった)
・委中(膀胱の合穴:膀胱の気化作用を高め、利尿作用を強める)

3.座位
右頚部の阿是穴の鍼を残したままベッドに座っていただく。
刺したまま、患者さんに首をゆっくりと動かしていただき、右耳内部に十分な響きを与えた。

抜針後、メニエールの症状が全て解消。

◆来院2回目(2017年10月21日)

〈主訴〉
メニエール
1週間後に再度来院。前回治療後も引き続き仕事がハードであったため、メニエールの症状が再発。
しかし、症状は前回よりも軽く、4~5割くらいとのこと。

〈その他の症状〉
・食欲不振、中脘部に圧痛。便通には異常なし。
・尿の出にくさと咽頭痛は解消している。

〈四診〉
・舌暗紅(前回より赤みが減少)・辺瘀点・苔白(前回より厚い)・舌下絡脈の怒張・脈弦渋
・考え事が多く、睡眠不足気味。
・生理2日目。生理痛なし。

〈弁証〉
今回の再発は、多忙のストレスによる肝陽上亢、及び頚部筋肉の緊張により気血の流れが阻害されていることが主な原因と判断。

〈治療方針〉
平肝潜陽・右頚部の通経達絡

〈治療穴〉
1.仰臥位(置鍼30分)
・百会(百会を開いて天の清気を入れ、寝不足による頭重感を解消する)
・行気六針
(手三里、足三里、心関、腎関、大腿脾穴、大腿腎穴:気の流れを調整する。及び、足三里・大腿脾穴により健脾和胃を行う)
・肝四針(中渚、公孫、肝門、肝関:肝の機能を整え、肝陽を下降させる)
・中脘(圧痛点への刺鍼。肝鬱により影響を受けた胃気を調整し、食欲不振を解消する)

抜針後、メニエールの症状にさほど変化はみられなかった。

2.伏臥位(置鍼30分)
・風池、完骨、肩井(頚部筋肉の緊張緩和、耳の閉塞感の解消)
・右頚部の阿是穴(前回同様、運動針を行う)
・膈兪(血会:肝血不足を補う)
・志室(圧痛点。補腎を行うことで肝陽を下降させる)

抜針後、耳の閉塞感は1割ほどに改善。

3.座位
・右手二重(右頚部筋肉を弛緩させる)

抜針後、全ての症状が解消。

一週間後、再来院したが、メニエールの再発は無し。
食欲不振は、翌日には解消したとのこと。

◆考察
来院2回目の仰臥位の治療で行気六針と肝四針を用いたが、症状を緩和させることができなかった。
現時点で考えている原因は、以下の通り。

1.肝四針ではなく大腿肝穴を使い、より補肝に重点を置くべきだった。
2.百会刺鍼が気を上昇させてしまい、他の配穴の効果を削いでしまった。
3.肝と表裏関係にあり、かつ耳中を巡る少陽胆経の経穴(陽陵泉・絶骨など)を取っていなかった。
4.滋陰を目的とする配穴がなかった。

今後もこの患者の身体の状態を引き続き観察しながら、より適切な治療ができるよう努力していきたい。

誠真堂鍼灸院 東 洋史 先生